隠岐の相撲(5)

第Ⅰ部、隠岐の宮相撲

第5章、力の祭儀(Ⅰー5)

 ①力の奉納(Ⅰー5ー①)

 ②力と秩序(Ⅰー5ー②)

 ③秩序の顕現(Ⅰー5ー③)

 ④天下の秩序(Ⅰー5ー④)

 

①力の奉納

 相撲場の基壇、その上に載る土俵とは、豊穣の神を招く場で、聖性を賦与された閉ざされた結界である。だが基壇とは、もともと神の降臨する聖なる祭壇で、ここに供物が奉納され、火や水、酒や塩が奉納される。

 そのような壇上で繰り広げられる格闘技とは、まさに力の奉納であった。壇上で踊る天宇受売(アメノウズメ)とは、笑いの奉納であった。基壇、祭壇とは、天と地とを結ぶ聖なる階梯で、神はここを上り下りした。動物の霊魂も、人の霊魂も、ここを上り下りするから、血の奉納、命の奉納も、洋の東西を問わず存在した。その根源は遠い彼方、遙か昔に遡る。

 壇上で繰り広げられる格闘技を、まず大陸に探れば、直ぐにも中国の角觝図(かくていず)にぶち当たる。河南省新密県打虎亭で発掘された後漢末期の墳墓の中に、高さ2メートルもある壇上で、対峙する力士の姿を見る。また『水滸伝』の第74話にも、梁山泊の燕青が東嶽廟の祭礼の相撲大会に出場する場面がある。ここに壇上競技が描かれていて、燕青は2年連続チャンピオンで巨漢の任原と闘っている。この擎天柱(けいてんちゅう)すなわち「天を支える柱」を名乗る任原を、燕青は、ものの見事に投げ飛ばす。その相撲の舞台となった献台というのは、人の高さの2倍もある。

 闘いの場たる相撲壇とは、神への奉納の献台なのである。その上で力技を競う力士とは、擎天柱(天を支える柱)と名乗る如く、天を支える程の力の持ち主で、その力そのものを奉納する力士なのであった。

 

②力と秩序

 中国神話では、天地を分け、天を支えるのは盤古(ばんこ)である。そこから陰陽が分かれ、伏義(ふくぎ)と女媧(じょか)の登場となる。そして世の秩序が始まっていく。力の奉納とは、この秩序の確立であった。

 紀元前2世紀に造られた中国湖南省の長沙馬王堆一号漢墓と三号漢墓から出土した帛画には、世界を支える力士の姿が描かれている。そして、この世界を支える力士のモチーフは、朝鮮半島高句麗の長川一号墳と三室塚(5世紀末)にも、それに慶尚北道の順興邑内里壁画古墳(6世紀後半)にも現れている。小宇宙そのものと見做される古墳内を、この力士は基底にあって支えるのである。

 力士とは「大力の者」ということが大切で、相撲を取ることは二義的なものであった。力士の役割は世界を支えること、その本質は力によって世界の秩序を支えることである。日本神話においても、天磐戸の扉を開ける手力男(タジカラオ)とは「大力の者」で、その力によって天照大御神は秩序を得、高照らす日の御子(天皇)の祖先となった。

 

 秩序の顕現

 力士は王朝組織の儀式(相撲節会)の中で、重要な役柄を果たしてきた。帝が臨御する紫宸殿の前庭で、百官が揃う式典の中で、力の序列、優劣の秩序の確認を、その姿で示してきた。そこは百官が威儀を正し、皆一同、帝に忠誠を誓う場である。地方から集められた力士、つまり諸地方の力の象徴も、また同じく帝の統治権に服するという、明白な秩序儀礼の場なのである。

 天長十年(833)仁明天皇が発した勅には「相撲節はただ娯遊に非ず、武力を簡錬する最もその中に有り」とある。そして貞観十年(868)から相撲節は主管が式部省から兵部省へと移った。式部省儀礼による秩序、そして兵部省は武威による秩序、どちらを前面に出すのかは時の情勢に基づく。相撲節会とは、そのような秩序体制を支える文化的な仕掛けであった。

 

④天下の秩序

 土俵は世界の中心である。ここから上下、左右、四方へと、世界は広がる。今、大相撲の国技館に柱は無い。だが、その昔、土俵を囲む柱は四色を示していた。今、四隅に垂れ下がる四房が、その頃の名残りである。

 四柱には四神が鎮座し、御幣の標(房)が掲げられている。青房、赤房、白房、黒房である。青房は東方の守護神「青龍」を意味し、春(青春)を表す。赤房は南方の守護神「朱雀」を意味し、夏(朱夏)を表す。白房は西方の守護神「白虎」を意味し、秋(白秋)を表す。黒房は北方の守護神「玄武」を意味し、冬(玄冬)を表す。

 そして中央はとなると、陰陽五行説に基づけば、黄色の「麒麟黄龍)」である。大地の恵み、稲霊を意味する。この中央で力士は大地を踏みしめる。天地の分かれ、陰陽の分かれ、勝敗の分かれを行う。それは左右に分かれた力士が、力技の限りを尽くし、行うべきものであった。それによって、世の秩序を示すのである。