隠岐の相撲(7)

第Ⅰ部、隠岐の宮相撲

第7章、土俵の儀礼(Ⅰー7)

 ①拍手の霊験(Ⅰー7ー①)

 ②四股の威力(Ⅰー7ー②)

 ③塩撒きの浄め(Ⅰー7ー③)

 ④塵を切る(Ⅰー7ー④)

 ⑤広げる両手(Ⅰー7ー⑤)

 ⑥立合いの瞬間(Ⅰー7ー⑥)

 

拍手の霊験

 拍手(かしわで)は手偏であるが、木偏の柏手(かしわで)の記載もある。また読み方については「かしわで」とも「はくしゅ」とも読む。力士が土俵上で行うのは「かしわで」で、観客が土俵下で行うのは「はくしゅ」である。

 拍の字は、手と白の合字で、手は形態(しぐさ)を示し、白(ハク、パク)は音響を表現する。すなわち両の手のひらを打ち合わせ、音を発するものである。それは心を表現するもので、祈りであり、感動である。

 音を発しない祈りが「合掌」で、拍手と同様に左右陰陽の合体、つまり内奥の心を意味する。そこから精神のさらなる深みへ、あるいは昇華する霊性へと至る。

 手は、また力の源泉で、ここに大いなる力が籠もる。「手の力」の霊威については、手力男(タジカラオ)の天石戸の物語を思い浮かべても良いだろう。力くらべはルールとしての「手乞(てごい)」となり、相撲節会における力士最高位の「最手(もて)」あるいは「秀手(ほて)」の称号へと至り付く。

 手の勝利とは、この手に神を承けることである。そして「占手神事」へと転換する。手の霊威は、両の手が合し、音を発することにも及んでいく。一拍し、また一拍と、発する音は時を刻み、時を区切る。その天地四方に響く音に、人は静かに耳を傾ける。心の内奥に静かに踏み込んで行く。古くからある心的な作法、礼法である。

 両の手を打つ礼拝は『周礼』九拝の第四に「振動」としても記される。『集韻』にも「今、倭人の拝は両手を以て相撃つ、蓋し古之遺法」とある。すなわち神を拝する旧古よりの作法である。一般の神社では拍手は二つ、つまり一拝・二拍手・一拝の拝礼作法である。出雲大社宇佐神宮では四つ、伊勢神宮では八つ(八開手:やひらて)である。鈴を振るのと同じく、音霊の呪術として、拍手は神霊(心霊)を呼び起こす。

 心に発する感動や感激も、やはりこの拍手によって表現される。素晴らしい演奏に「万雷の拍手鳴り止まず」となる。「隻手音聲(せきしゅのおんじょう)」を聞けば、さとりの道も開かれる。これは白隠禅師の教えである。

 

②四股の威力

 相撲の「四股を踏む」とは、足で大地を踏みしめ、地の邪気つまり醜(しこ)を払い、正気を将来する神事である。だから近世の力士たちは、方々の地鎮祭で、この四股を踏んでいた。

 平安時代の五節会の一つ「踏歌節会」は、年頭に当たり、春の萌え出る大地を踏みしめるものであった。新たな年に地の精霊を取り鎮め、招福と除災とを神に祈願する。

 その踏み鎮めの呪術は『古事記』にある天宇受売(アメノウズメ)の神懸かりとなった神楽、神遊にも見ることができる。宇気槽(うけふね)を伏せ、その上に乗って踏み轟かす仕草で、今でいう足踏みの舞(ダンスステップ)である。陰鬱の気を払い、暗い闇に明るい光を呼び戻すという呪法である。

 隼人舞の起源を語る「海幸と山幸」の話にも、そのような呪法は語られる。海幸すなわち火酢芹(ホスセリ)の舞は、盛んに足踏みをするものであった。陰陽道の返閇(へんばい)や、猿楽や能楽に於ける足拍子(乱拍子など)、歌舞伎の六法(ろっぽう)や蹈鞴(たたら)、また奈良の「お水取り(東大寺二月堂の修二会)」の達陀(だったん)の行、呪師走りなどにも、同様の踏み鎮めの所作を見る。

 

③塩撒きの浄

 土俵に塩を撒く作法は、礼を以て勝負を競う土俵には欠かせない。それは土俵を浄める意味を持つ。潔斎や祓いに用いる神事「塩湯の儀」と同じである。

 また力士が力水(ちからみず)で口をゆすぎ、力紙(ちからかみ)で口をぬぐう所作は、神事「手水(ちょうず)の儀」と同じである。塩と水、そして俵で代表される米とは、神に捧げる神饌である。この古様形式の伝統は、だが意外と新しい。

 相撲における塩撒きの起源は、江戸開幕以後のものである。江戸では新都市造りの一環として勧進相撲が行われた。だが無許可の辻相撲が横行し、しばしば喧嘩沙汰となる。手を焼いた幕府は、慶安元年(1648)勧進相撲を全面的に禁止した。禁制を解除するには相撲興行側の自浄努力が必要であった。そこに「塩撒き」が登場する。土俵の創設と共に、土俵での礼節の励行、それが、この塩撒きによって始まっていく。

 相撲会所は相撲興行を再開させようと、やっきになっていた。興行の中止が続けば、経済的に干上がってしまう。まさしく自分たちの死活問題であった。そのため「禁じ手」も定められていった。公明正大に、礼節を以て闘うべしとする。乱闘により血を見るようなことは、もはや厳禁である。いよいよ土俵内は神聖視されていった。

 礼に始まり礼に終わる、そのような神事儀礼が相撲興行に取り入れられた。力士は仕切りに入る前、水で口を漱ぎ、身を浄める。立ち合う前に、土俵に「浄めの塩」を撒く。これが元禄年間(1688~1704)頃から普及した。拍手も四股も、土俵上の作法として、この時期に整備がなったのである。

 

④塵を切る

 力士が土俵に上がり、二字口の内側で蹲踞の姿勢を取り、両手を広げる所作は、大相撲では「塵を切る」と称する。正式には、塵浄水(ちりちょうず)を切るということで、野天で相撲を取っていた時代、水が無いため雑草で手を浄めたことに由来するという。雑草で手を浄めるのは、神事「手水の儀」を執り行うことと同じである。

 一度両手を下げた後、両手のひらを揉み手してから拍手を1回打つ。そして手のひらを上に向け、両腕を左右に開き、肩の高さあたりで手のひらを下に向けて返す。この揉み手から腕を開いて返すまでの一連の所作を「塵を切る」という。

 草で手を揉み、擦る。草の破片を払うため手を叩く。その手を両側にもっていって大きく捨てる。清浄を期し、草手水(芝手水)としての塵(草の葉による手の汚れ)を払った名残りである。

 

広げる両手

 「塵を切る」とは、手を広げ、相手に手のひらを返して見せる動作である。それは手に武器を持たず、正々堂々と素手で闘うことを誓う意味もある。だが力士が両手を広げるのは、モンゴルの相撲(ブフ)にも見られる。

 ブフの場合、それは天駈ける飛翔を示すものである。ブフの力士は、天空を駈ける大鷹や大鷲を模倣し、草原を飛翔し駆け抜ける。獅子や狼を模倣し、跳躍疾走して試合に登場する。ブフで勝利を得るや、大きく両手を広げ、その右の脇下に敗者をくぐらせる。軍門に降らせる態であるが、翼の下に敗者を従えるという意味合いもある。

 ブフの勝者は、自ら飛翔し、さらに天空へと飛び立っていく様を示す。霊鳥(迦楼羅、金翅鳥、鳳凰など)の如く飛翔し、飛天の如く天空を舞い踊るのである。

 鳥を模倣する相撲は日本にもある。京都の上賀茂神社で9月9日に行われる「鳥相撲」である。禰宜方(右方)と祝方(左方)から、白張を着た刀禰(とね)が、弓矢や太刀を持ち、両足跳びで横進しつつ登場する。これが飛翔を真似る烏返閇(うへんばい)で、三三九曜の横跳びと称する。

 細殿の前に盛られた立砂(りっさ)に、弓矢や太刀を立て掛け、この立砂の前に円座を置く。扇を持ち円座の上に座り、羽ばたきの態で扇を広げ、ゆっくりと煽ぐ。右方が「カアカアカア」と鳴くと、左方が「コオコオコオ」と鳴き返す。鳴き終わると円座、太刀、弓矢を持ち、左右に分かれて戻る。これが相撲かと不思議にも思えるが、この後、子供相撲も行われる。「鳥相撲」神事は、祭神の祖、賀茂建角身(カモノタケツヌミ)が神武東征の折、八咫烏(やたがらす)となって先導を務めた故事によるという。天地を駆け抜ける霊鳥の飛翔伝説である。この立砂の上に聖なる神霊が舞い降りるという。

 

⑥立合いの瞬間

 立合いとは、両力士の呼吸が合い、仕切りの姿勢から立ち上がり、勝負が始まるまでの動作をいう。「勝負は立合いで八割が決まる」と言われるほど重要なものである。それは「静から動」への瞬間的な移動で、その瞬間とは、まさに勝負の醍醐味を示す。観客が固唾を飲んで見守る瞬間である。

 具体的に言えば、まず両力士が向かい合い、蹲踞の姿勢から両手を降ろし、十分に腰を割り、仕切りの姿勢に入っていく。瞬発力をいかに発揮するか、陸上競技短距離走)のスタートの構えとよく似ている。だが、少しばかり違う。陸上競技では腰はそのままで前後に足を構える。相撲の場合、腰を割り左右に足を配置して構える。前方の獲物を静かに狙う狼にも獅子にも似る。それゆえ霊獣の狛犬のようだとして、狛犬仕切り、狗居仕切り、とも称される。

 仕切りの高さによる構えには、腰高仕切り、中仕切り、平蜘蛛仕切りの区別がある。剣の試合でいう上段の構え、中段の構え、下段の構えに該当する。

 仕切りで力をいっぱいに溜め込み、その力を立合の瞬間に、一気に解き放つ。その姿は、弓をきりきりと引き絞り、矢を一瞬にして放つ姿と同じである。その解き放つ瞬間とは、緊張の極みで、当然ながら呼吸は止まる。具体的な呼吸法で言えば、まず息を吐き出し、次に息を吸い込み、この吸い込みが七、八分目となったところで、息を止める。ここが勝負どころの瞬間でなる。

 このような呼吸相を承知し、繰り返す仕切りの間に、両力士は互いに、この勝負どころの呼吸の瞬間を把握する。つまり互いに相手の呼吸に合わせ、その一致する瞬間を、互いに掴み合う。その掴み合った所で、勝負を開始する。これを「呼吸が合う」という。呼吸を合わせるとは、気持ちを合わせることで、それを自然のまま、ぴったりと行えるのが「阿吽(あうん)の呼吸」である。

 阿吽の呼吸ができるというのは、両者が互いに呼吸を合わせ、微妙な調子を合わせ、互いの気持ちを合わせることができる、ということである。つまり相互理解と共に、相互信頼、そして相互の思い遣りがあるということである。

 そのような思い遣りの姿は「隠岐の人情相撲」にも見ることができる。こちらの方は、勝負が終われば互いにその健闘を讃え合い、互いに互いを抱え上げるという形を取る。立合いの阿吽の呼吸は、勝負直前の相互の理想状態を示す。隠岐の人情相撲の思い遣りは、勝負直後の理想状態を示す。