第Ⅲ部、隠岐の舞相撲[第8章、相双の舞]

第8章、相双の舞(Ⅲー8)

 ①相対する武の舞(Ⅲ-8ー①)

 ②相対する相撲舞(Ⅲ-8ー②)

 ③相対する節会相撲(Ⅲ-8ー③)

 ④中世の相舞(Ⅲ-8ー④)

 ⑤隠岐の二菩薩の舞(Ⅲ-8ー⑤)

 ⑥相対する仏の舞(Ⅲ-8ー⑥)

 

①相対する武の舞

 武闘の舞の中には、軍(いくさ)立ちの姿で、相双(あいなら)びて立つ舞がある。先にも述べた厭舞の振鉾である。『教訓抄』によれば、周の武王が殷の紂王を滅ぼした折の武勲の舞という。左方舞は赤色の袍、右方舞は緑色の袍、両者、右肩袒(かたぬぎ)で鉾を振るう。赤と緑の相双の舞、相双武闘の舞である。

 隠岐の山神貴徳之舞も、舞人二人が左右に双び、鉾を振るって舞う。山神は赤色の面、貴徳は緑色の面と、やはり同様の赤と緑の相双の舞である。山神貴徳之舞は、雅楽の散手と貴徳の舞で、もともと番舞(つがいまい)である。相撲節会では、散手は左方が勝利したときにに舞い、貴徳は右方が勝利したときに舞う。この左方舞の散手は竜甲に赤装束で、その持つ鉾の先は赤房で飾られている。右方舞の貴徳は竜甲に緑装束で、その持つ鉾の先は緑房で飾られている。赤色の火王と緑色の水王との武闘舞、相双の舞である。二匹の龍が舞う納蘇利も、やはり、その装束は赤と緑で飾られる。赤とは火龍(火王)であり、緑とは水龍(水王)である。その双方の力を供覧する、やはり相双の舞である。

 

②相対する相撲舞

 古い相撲の中には、力くらべというより、互いに手を取り合い、相対しながら舞うように行うものがある。「手乞」であり、後の「手合」すなわち「三段構え」となる。そこで日本の相撲は、力くらべの競技として起こったのではなく、舞踊のような芸能から由来したとする説も出る。相撲(すまひ)とは相舞(すまひ)のこと、つまり二人で舞う相撲舞(相舞)の意である。素裸の舞であったから、あるいは採物(とりもの)を何も持たぬ素の舞であったから、これを素舞(すまひ)と説く人もいる。そうした説を肯定したくなるほど、日本の相撲には芸能的要素が濃厚である。

 古い相撲を追えば追うほど、芸能としての相撲舞に近づいていく。また民俗においても、闘技というより舞の要素に力点を置いた場合が少なくない。例えば三宅島の御笏神社(東京都三宅村神宅)の相撲舞では、男面を着けた演者と女面を着けた演者とが出てきて、神前で舞を舞う。手には何も持たず、両人が並んだまま前後に行き来するだけである。両人は外側の袖を取り、ちょっとした振りを行う。それが相撲の所作であるらしい。

 奈良の八坂神社(奈良市柳生町)秋祭では「ささらの舞」「ようがの舞」に続き「相撲の舞」が演じられる。ここの相撲取役はソウ(装)という衣装をまとい、烏帽子姿で登場する。二人は舞台上で、右四つ、左四つの、相撲の所作舞を行う。

 

③相対する節会相撲

 相撲節会では、左右の門が開き、ここから儀式が始まる。左の日華門、右の月華門から、左右近衛府の衛士を先頭に、左右の近衛府の役人が力士を引き連れ、行列を組んで登場する。

 行列は、身分の軽い者から上の者へと、順に公卿が並ぶ。そして相撲司(別当)の親王が登場し、楽人、舞人、散楽人、鉦、法螺、太鼓、幡を従えて入場する。さらに唱名者(呼出し)、立籌指(かずざし:勝負の数を取る者)、立合(たちあわせ:行司)、そして相撲人という順で続く。

 左方の相撲人は葵の花をかんざしに飾り、右方の相撲人は夕顔の花をかんざしに飾る。天覧の場(演舞場)では、相撲の取組の前に、まず厭舞(えんぶ)という舞が舞われる。厭舞は場の浄めで、舞人が左右一人ずつ鉾を振る。それゆえ振鉾とも記す。三節からなり、一節は天神に供し、二節は地祇に供し、そして三節は左右の舞人が共に舞い先霊に供すという。

 天覧の場は、左近の桜、右近の橘の前である。その左右の座で、左右の相撲人は仕切りに入る。今のような蹲踞の姿勢ではなく、立ったまま練歩(摺り足歩行)にて相対する。互いに声を掛け合い、両手を広げ、呼吸を合わせて組み合っていく。

 立ったまま両手を広げる力士の有様は、あたかも天に舞う飛天の如きである。その左右に相並ぶ姿は、地上に降りた飛天の、舞い遊ぶさまにも受け取れる。それは天にあっては日月の、地にあっては連理の枝の如き、並び立つ舞踊である。相撲節会では、確かにそのような舞楽が執り行われていた。左右から舞人が登場し、左方舞そして右方舞を供覧する。

 

④中世の相舞

 室町時代の中頃、社頭で催される相撲に対し、幕府は「相舞銭」を賦課していた。勧進興行に対する税の徴収である。相撲とは衆を結集せしめる芸能で、相ともに喜び楽しむ相双の舞であったから、観客は大勢集まっていた。その互いに相双び、相対し、相競う相撲舞は、芸能興行には欠かせぬものとなっていた。その興奮の極みには、歓喜の神仏が現前する。ゆえに神への奉納銭、仏への寺銭が徴収された。当然ながら幕府への秩序銭たる「相舞銭」も、ここで徴収されることとなった。

 新たに出現した中世芸能の一つに「能」がある。その演能における二人舞を「相舞」と称する。小袖曽我(こそでそが)二人静(ふたりしずか)一角仙人(いっかくせんにん)などではシテとツレとが、嵐山(あらしやま)鶴亀(つるかめ)などではツレ同士が舞う。やはり相双の舞である。相撲舞と同じく、御前の舞、奉納の舞、神仏の恩寵と加護を祈願する舞であることに違いは無い。

 『古語拾遺』には天石窟の条で「手に鐸(さなき)着けたる矛を持ちて、石窟(いわや)の戸の前に誓槽(うけふね)覆せ、庭燎(にわび)を挙(とも)して、巧みに俳優(わざをぎ)を作(な)し、相与(あいとも)に歌ひ舞はしむ」と記載がある。誓槽に載る歌舞の導者は、衆と共に相歌い、相舞い、一体となって石窟戸を開放する力を得た。さらに舞台で二人が相向かい、互いに力を合わせれば、いよいよ衆は興奮する。舞台の二人と共に、衆は意志を相合わせる。古来、相舞とは衆の意思を結集せしめるためのもの、霊妙不可思議な舞であった。

 

隠岐の二菩薩の舞

 隠岐の蓮華会では、まず最初、二菩薩による相撲舞が行われる。眠仏之舞で、これは激しく動く騰舞、いわば「動の舞」である。そして蓮華会の最後、やはり二仏(二菩薩)による相双舞が行われる。仏之舞で、菩薩面を着け優美な衣装で二人が静かに舞う。こちらは「静の舞」である。

仏之舞では、二体の仏は頭に白い布を巻き付け、伎楽の菩薩面を思わせる古面を着け、白い衣の上に紫の千早を羽織る。白足袋姿で、ゆっくりと、またゆったりと舞う。二人で仏として舞うとは、日光と月光か、文殊と普賢か、観音と勢至か、対となる仏菩薩である。だが静かに浮かぶようにして舞う舞姿は、天に浮かぶ飛天(天人、天女)をも思い浮かばせる。

二仏は向き合い、互いに両手を取り合い、肩に手を懸け合い、時には横に並び、また時には背中合わせになり、最後は手に持った扇を開き、静かに舞い始める。二仏(二菩薩)による相双の舞である。そこには先ず構えがあり、その後、互いが互いに手を取り合う。そして互いに肩に手を懸け合う。古い相撲の形を、いつしか舞に移し替えたかのようにも見えてくる。

蓮華会では、眠仏之舞も、山神貴徳之舞も、仏之舞も、全て相対する二人の舞である。これは左右の秩序を示す舞で、舞人は左右の空間に双び立ち、左右にその所作事を展開する。神仏の霊験を左右に散華するもの、左右の意味を観衆に想起させるものであった。

 

⑥相対する仏の舞

 隠岐国分寺に伝わるように、各地の古刹には、なお同様の仏舞あるいは菩薩舞が残されている。大阪の四天王寺「精霊会舞楽」にも菩薩の舞はあるが、これは復元された舞である。二頭が舞う獅子舞と共に、相双の舞となっている。

 丹後の松尾寺(京都府舞鶴市松尾)の「仏の舞」は六体仏の舞で、それぞれ光背の付いた金色の仮面を被り、二人ずつ相対して舞う。第一の釈迦如来と第二の釈迦如来、第一の大日如来と第二の大日如来、第一の阿弥陀如来と第二の阿弥陀如来とが、向き合う形の相双の舞である。この六体の仏が、腕を上下させ、ゆっくりと典雅に舞う。六人が一緒になり輪になって回ったりもする。そして最後に、第一そして第二の阿弥陀、続いて第一そして第二の大日、そして第一の釈迦と、順に抜けて行く。最後に残った第二の釈迦が、ただ一人で、舞い納める。

 越前の糸崎寺(福井市糸崎町)の「仏舞」は、八仏二菩薩の舞である。本尊の千手観音が海から現れ、それに応じ菩薩や天女が舞い降り、一緒に喜びの舞を表したものという。白い童面に白の法衣を著た角守(すみまもり)二名(七、八歳の童子)が、まず舞台東側の南北の隅に座を占める。そして金色面に青い法衣を著た念菩薩(ねんぼさつ)二名(十一、二歳の少年)が、舞台西側の南北の隅に座を占める。その中を、金色の仏面に黒の法衣をまとった八仏が登場する。手仏(てぼとけ)四名、打鼓仏(だこぼとけ)二名、撥仏(ばちぼとけ)二名からなる舞仏(成人男子)で、この八仏が「一番太鼓の舞」「二番太鼓の舞」を舞う。やはり厳かで優美な舞である。次いで二人の念菩薩(阿形の菩薩と吽形の菩薩)が蓮華を分かつ「念菩薩の舞」を舞う。そして再び舞仏が「三番太鼓の舞」を舞う。その後、入舞の「道行太鼓」に合わせ、舞仏は手仏、打鼓仏、撥仏の順に一人ずつ舞を抜ける。最後の「舞い残り」が舞い納め、この仏舞は終了となる。

 紀伊の遍照寺(和歌山県かつらぎ町)の「仏の舞」は五仏一菩薩の舞である。龍女を仏道に導くため、文殊菩薩大日如来阿弥陀如来、釈迦如来薬師如来、阿閦如来の五仏(仮面仏)を迎え、教化の舞を見せる。文殊菩薩の教導に応じた龍王が、喜びの太平楽を舞うというものである。ここでは文殊龍王が対になり、応援の五仏と龍王の五人の手下(子鬼)とが対として登場する。