隠岐の相撲(35)

第Ⅳ部、隠岐の原相撲

第6章、闘争の抑制(Ⅳー6)

 ①闘争と順位

 ②順位制と相撲

 ③闘争と構え

 ④見世物としての構え

 ⑤構えと儀式

 ⑥礼の形成

 ⑦相撲に見る和平の礼 

 

①闘争と順位

 闘争の元となるものに、他者への攻撃というものがある。攻撃を仕掛け、他者が逃げてくれれば、闘争に発展しない。だが他者が逃げず、踏みとどまって抵抗(防御)すれば、闘争に発展する。闘技は、この攻撃と防御を等しく交互に行うことで成立する。あるいは攻撃と防御を互いに同時に行うことで成立する。前者は野球やサッカーなどに該当し、後者は相撲や空手やボクシングなどに該当する。

 では何故、他者を攻撃するのだろうか。その元々は個体の生存のため、そして種の生存のためである。自らが生きるため、そして子孫が生きるため、餌場を確保する必要があったからである。食料調達の場所、安全に生活できる場所、つまり生命を維持でき、伴侶を得て子孫を残せる場所、そこに生きるからである。それが個人として、そして種としての「縄張り」で、そのような土地に生きるのである。

 縄張りの社会は、常に拡大と縮小、そして時には消滅もある。弱者は強者から圧迫されれば、縄張りを減らし後退しなければならない。つまり縄張りを譲らねばならない。だから弱者は生きる道を求め、強者と競合しない「棲み分け」をしなければならない。そうでなければ闘争となる。死を覚悟しなければならない。

 平和が維持されるためには「棲み分け」がなされる。階層化で、その階層の中で強弱が決定され、順位が決定される。高等動物の組織だった社会生活は、その序列化の中で、秩序というものを発達させた。その秩序の原則こそが「順位制」である。

 

②順位制と相撲

 順位制の意味は簡単である。それはある社会の中で暮らしている個体が、それぞれ、だれは自分よりも強く、だれは弱いということを知っていることである。だから強者と見れば闘うことなく退くけれど、弱者にはいつ出合おうと、闘うことなく道を譲って貰えると思っている。

 この順位制は動物界には広く見られる。それは種を保つのに大いに役立っている。『魏志倭人伝』にも「下戸、大人と道路にて相逢えば、逡巡して草に入り、辞を伝え事を説くには、あるいは蹲り、あるいは跪き、両手は地に拠り、これが恭敬を為す」とある。倭人社会も順位制の社会体制にあった。この順位制によって、同質社会のメンバー同士の闘争は回避された。

 順位制は、個々のメンバー同士の闘争を回避させるが、さらに集団と集団同士の闘争をも回避させる。だが集団同士の場合、しばしば順位が決定していないこともあり、その折には闘争が行われる。闘争とは順位決定の手段であるから、順位不明の集団に遇えば、当然激しい攻撃性を、ここで露わにする。たとえばオオカミの群れやサルの群れのような社会集団では、自分たちの群れの内部では避けられる闘争が、別の社会集団に対しては行われる。その折には、集団は集団として結束する。集団としての順位を競うのである。

 村と村とで争う「水争い」なども、この順位制が確立していれば争うこともない。だがそうでない場合、争いが勃発する。あらためて順位を決するため、両村から力人が出て、相撲を取る。どちらが先に水を引くか、勝敗によって決着をつける。そのようなことも行われてきた。

 社会の内部には、常に緊張があり、闘争が引き起こされる。だが順位制が存在することで、優劣が明らかにされ決着が図られる。つまり闘争は解消される。順位制のおかげて社会は混乱を回避した。順序立って事に対処できるようになり、社会は様々な点で、実り多い構造と堅固さを備えることができた。相撲も同様である。闘争を本質とする相撲は、この順位制が存在することで、今の隆盛を築き上げた。大相撲の番付表を、改めて凝視すると、様々なことが理解できてくる。

 

③闘争と構え

 闘争から発達した儀式(所作ごと)の一つに「構え」がある。本来の闘争の前の威嚇の身振りである。

 この身振りには様々なものがあり、肩を怒らせたり、反り返るような動作、また両手を大きく広げ、圧倒するような姿を相手に見せつけるものもある。これらの動作を取ると、相手の目からは身体の輪郭が最も大きく見えるので、威圧としての効果がある。動物が威嚇のため毛を逆立てるのも、同じ原理に基づく。

 また手を突き出すことで、相手の正面へ、さらに突きかかる様子をも見せる。威嚇の動作として殊に効果的である。ボクシングで言う「ファイティングポーズ」も、また同様の効果を持つ。このような威嚇姿勢は、攻撃の形を見せるものの、実は敵から身を守る動作であり、恐怖を動機として始まっている。つまり「構え」とは、攻撃と同時に逃走のための準備動作である。

 互いに「構え」を見せることで、両敵手は互いを傷付けることなく、互いの力を測り合う。つまり相手の力の値踏みを行うのである。それは闘争のための序曲にも該当し、弱い方(弱者側)に、自分が勝つ見込みのない闘争を、折を見て放棄させる。すなわち逃走の機会を与える。実際に流血の決着に至るというのは、極めて稀なことで、それは対戦者の実力が全く伯仲し、かつ互いに自分は勝つと思っている場合だけである。

 闘争とは順位決定の手段であるから、一方の放棄により順位が決定すれば、それ以上の闘争はない。個体の命を犠牲にするどころか、傷付けることすらなく、ただ「構え」だけで一連の行為は終了する。だから「構え」は闘争において、とても重要である。

 

④見世物としての構え

 「構え」とは見せ物である。相手に見せるもの、見せ付けるものである。それによって相手の思考そして行動に影響を与える。威嚇の「構え」は、相手に退くよう、逃げるよう促すもので、威嚇を形として示す無言の圧力メッセージである。だが相手も同様に威嚇の「構え」を見せる。すると自らも圧力を受け、退くか逃げるか、闘争放棄の準備に入る。だが直ぐ逃げ出すわけではない。ここで暫し圧力に抗し、耐え、闘争放棄を踏みとどまる。さらにフェイント(見せかけの動作および攻撃)を掛ける場合もあろう。

 一方の闘争放棄が無ければ、威嚇の「構え」は、さらに進む。だが直ぐ暴力行為に及ぶわけではない。「構え」は増幅され、より激しい威嚇動作を繰り返す。実際に闘えば死傷の可能性があるから、もとより互いに闘いたくはない。だから律動的な威嚇動作を、激しく執拗なまでに繰り返す。芝居がかった誇張により、より大仰な動作で演じていく。涙ぐましい努力である。相手の恐怖心を煽り、自らの優位性を示そうとする。この威嚇を激しく繰り返すことで、相手に闘いを放棄させ、自らの手に勝利をもぎ取るというものである。

 そのような威嚇行為は、勇猛さを表現し、躍動感に満ち溢れる。大仰さゆえに、人の眼を奪わずにはいられない。だから、闘い合う者の試合風景は、恰好の見世物となる。つまり闘争の構造には、最初から芸能の要素が組み込まれている。

 威嚇行為は見世物として、その所作ごとは、衆を集める演芸(芸能)にも成り変わる。闘蟋、闘鶏、闘犬、闘牛など、そして人間の闘争も、当事者は大変であるが、充分に見世物である。折々に繰り返されれば、にぎわいの儀式になる。相撲の発生は、ここにある。

 

⑤構えと儀式

 闘争を起源とする相撲には、繰り返す威嚇の「構え」から独特の儀式が発達した。見世物として衆に示すこと、その繰り返しの慣例の中から、衆へのメッセージが現れたのである。

「構え」の意味するところ、その「構え」が出れば、何を意味するか、それを大衆は了解した。闘争の場に足を踏み入れる姿、その場に立って相手と対峙する姿、手を大きく広げる姿、その一つ一つが意味のある「構え」である。連続すれば儀式にもなる。

 繰り返す「仕切り」も「塵を切る」所作も「拍手」も「四股踏み」も、全て威嚇の所作ごとに、そのルーツがある。とりわけ「三段構え」として知られる儀式など、まさに威嚇の「構え」から発達したものである。それは相撲発展の道筋に存在するもの、高句麗古墳の壁画にも、その闘争の「構え」を見ることができる。

 闘争は「優位性の衝動」と「攻撃の衝動」に駆られ行われる。建御雷タケミカヅチ)と建御名方(タケミナカタ)によって演じられた原初の相撲「手乞い」とは、そのような心理の葛藤を如実に示すものであった。「手乞い」とは手を握り合い、互いに押し合い、引っ張り合うことで、相手の具体的な力の値踏みを行うものである。自分の方が優位と見れば、踏み込んでいく。とても敵わぬとなれば、直ぐに手を離し逃走する。建御名方の行った逃走の振るまいは理にかなったもので、これが古い時代の試合であった。

 今の「腕相撲」も同じで、全身の力を注ぎ込む闘争の代理として、腕に限定した力量を競い合う。そしてそれだけで互いの評価(力の値踏み)を終えていく。全身の力を賭した闘争に、その後、踏み込むことはない。ことのついでに触れておくと「試合」という文字は、試みに合わせると書く。合わせて見て、とても敵わなければ降伏する。つまり負けを認めればよいのである。順位が決定されれば、もはや闘う必要はない。試合とは順位の値踏みなのである。

 和平の始まりの「握手」も、この「手乞い」と同様に、強いか弱いか、頑健か虚弱か、優位に立つか劣勢に甘んじるか、攻撃するか逃走するか、手の力による値踏みである。挨拶は、まずは念入りな「小手調べ」の儀式から始まる。わざわざ闘わなくても、その小手調べ(手の感触、力の程度)で、相手の実力は充分に窺える。自分より優れていれば、小手調べの「挨拶」は、直ぐに畏敬の礼に変換する。礼の作法とは、この互いの対峙の形から始まり、相手を強者と認め、その優位性を承認するという動作に変換する。相手の方に歩み寄り、頭を下げる、膝を折る、腰を屈めると、その屈服の姿勢には、様々な段階の形式がある。

 

 闘争から始まった和平の礼は、畏敬表出の礼へと展開する。それは人間を対象とするばかりではない。やがて神秘的対象にも導入され、神への拝礼(礼拝)となる。その神への作法が、また人にも応用されていく。その交互の繰り返しの中で、拝礼の儀式は整備され、洗練の度を加えていった。大相撲の所作ごとの中には、そのような礼の形成過程の遺残が、しっかりと認められる。

 

⑥礼の形成

 和平の第一の礼は、敵対する二者の間に発生する。互いに距離を置いて見合うだけのものである。まだ攻撃はしない。まだ敵対行動は取らないというもの、単なる様子うかがいの段階である。距離がある分、互いの仕草も読み取れない、互いの表情も読み取れないというもの、互いにどう対応してよいのか、皆目、見当もつかないというものである。

 この見合うだけの第一の礼では、なかなか相互信頼に達しない。だが互いに距離を縮めれば、仕草も表情も読み取れるようになる。和平を望むなら、互いに前に一歩を進め、近づかなければならない。それが「信頼形成の第一歩」であり「お近づきになる」ということである。相手に対し、警戒を緩めているというメッセージで、敵対行動は取らないという意思を漠然と伝えるものである。

 和平の第二の礼は、敵対していないという様子を見せるものである。攻撃的な仕草をしない、攻撃的な顔をしないというもの、それを相手に示すのである。戦場で和平を語るならば、兜を脱ぎ、接見するということである。これが西洋では兜の眉庇(まびさし)に手を当てて見せる挙手の礼となった。すなわち「敬礼」である。その原初の姿は、兜を脱ぎ素顔を見せるという作法であった。攻撃する顔か、そうでない顔かを示すのである。

 抜き身の武器を構えることは無く、鞘に収め、直ぐ抜ける位置には置かなかった。馬上で会見する場合、直ぐ馬を駈けることなく、じっくりと見合えるよう、鐙(あぶみ)から片足を外す仕草をした。そのようにして両者は静かに歩み寄る。そのような姿勢が、和平の話し合いへと繋がっていく。

 和平の第三の礼は、互いに利き腕を差し伸べ、互いに握り合うことで始まる。つまり互いからの闘争を、互いに封じるという方法で始まる。これが平和友好の「握手」である。だが力くらべ、すなわち力の値踏みであるがゆえに、これで闘争の始まる場合もある。

 互いが、ただ「握手」するだけでは、まだ友好性が確認できない。その場合、互いに腕を回して抱擁をする。欧米諸民族に見る抱き合う形の友好メッセージである。互いが互いを腕の中に入れ込むというもので、互いの示す世界観の抱き合わせ、摺り合わせが行われる。これは互いに共通の土台の上に立とうとするもので、相互理解を示す仕草である。

 

 和平の第四の礼は、相手の武力や能力に対し、敬服し、敵対を差し控えるという作法である。もはや闘うことを否定し、恭謙の気持ちを示すため、腰を曲げ、膝を屈し、頭を下げるという作法である。それが「お辞儀」である。うつむき、相手に首を差し出すというもので、敗北の宣言、屈服の具体的姿である。これが一般化し、互いに和平の礼(挨拶)として普及する。

 

⑦相撲に見る和平の礼

 

 格闘技としての相撲には、和平の礼が隠されている。相(あい)撲(なぐ)り合う直前まで、和平の機会があり、その和平を摑もうとする。

 和平の第一の礼は、互いに見合う段階に隠されている。互いに仕切りを繰り返し、静かに距離を置いて見合うというものである。この段階であれば、闘争を中止することは可能である。

 そもそも力士は、武具を一切捨てた裸身の状態にある。手を払い、手を翳し、武器を隠し持つことの無いことを示している。そして蹲踞の姿勢から、うずくまり、両手を付くという姿勢を取る。この仕切りの姿勢は屈服の姿をも示している。闘争を中止するにふさわしい礼儀(礼節)を見せている。

 和平の第二の礼は、敵対していないという様子を見せるものである。制限時間いっぱいとなった段階で、なお静かな姿勢で臨む力士もいれば、一方で、闘志を剥き出しにする力士もいる。もうこの先は闘争であるから、剥き出しの敵対の仕草と表情も、やむをえない。だが横綱相撲や大関相撲と評されるものは、仕草も表情も静かで美しい状態を指す。そのような礼節が、闘争の直前まで期待されるのは、それが和平に繋がるものだったからである。

 和平の第三の礼は、腕を差し伸べ接触するものである。互いに腕を回して抱擁する仕草にも連続するもの、相撲で言えば、互いに「まわし)を摑む四つ身の形である。だが、これも所詮、力くらべ(力の値踏み)である。互いに力を入れ、比べるうちに、闘争の競技が始まっていく。神事相撲に見る「引分相撲」とは、この四つ身の形で行司が仲裁に入り、相撲を友好裡に納め、引き分けるというものである。すなわち勝負を預かる形での和平である。「水入り」の大勝負とは、このような状態での、和平への期待である。

  和平の第四の礼は、相手の武力や能力に対し、敬服し、敵対を差し控えるという作法である。これは行司の軍配に従い、両者が「二字口」で一礼(一拝)し、一方が土俵上に残り、他方が土俵を降りるということに表れている。相撲が礼に則り行われていることを、ここは如実に示す、美しい場面である。

 もとより闘争の常として、屈服や逃亡も、また準備されている。例えば怪我をして、もはや相撲が取れない状態となれば、休場となる。不戦勝や不戦敗がルールとして整備され、力士の身体はもとより、その名誉をも守っている。