第Ⅳ部、隠岐の原相撲[第7章、闘争と]

第7章、闘争と死(Ⅳ-7)

 ①順位と縄張り(Ⅳー7ー①)

 ②死を回避する闘争(Ⅳー7ー②)

 ③無防備の防備(Ⅳー7ー③)

 ④闘争の遊戯(Ⅳー7ー④)

 ⑤礼による秩序(Ⅳー7ー⑤)

 ⑥規則の遵守(Ⅳー7ー⑥)

 

①順位と縄張り

 相手を傷付ける乱暴激烈な闘争、肉体相撃つ闘争は、そう頻繁に行われるものではない。勝てると思うからこそ闘うので、負けると思う場合、さっさと撤退する。

 激しい試合は、対戦者同士の力が全く伯仲し、互いに勝てると思っている場合である。だから撤退すること無く、闘い続ける。どちらが勝つか分からない、どちらも勝つ可能性が在る。そのような勝負こそ、また観客にとっても面白いのである。それゆえ大相撲の番付は、東西に力の伯仲する力士を並べる。互いに競わせ、手に汗を握る勝負を演じさせていく。

 動物の闘争も、同種の場合、殺し合うまで遣り合うことは無い。弱者は逃走するからである。強者も追い掛けてまで、その闘争を持続させることはない。「窮鼠猫を噛む」のたとえ通り、追い詰めてしまうと逆に反撃を喰らう。撤退する側は、撤退して自分の本拠地に還るから、その本拠地では意外と強い力を発揮する。一方、追い掛けた側は、追い掛けたことで自分の本拠地から離れ、不安の余り弱さを見せる。その結果、強者は弱者となり、弱者は強者となる。ここで反転攻勢を受け、そして追い払われる。こうして両者の力はバランスを取り、縄張りというものが決定される。縄張りの中での勝敗、それが順位というものを決定する。また別の縄張りでは、また別の勝敗が起こり、そこでの順位が決定する。これが縄張りと順位制との関係である。

 大相撲の闘争では、組み合って投げつければ勝ちであるが、土俵という縄張りがあり、この縄張りを守り、相手を外に出せば、やはり勝ちとなる。闘争と縄張りの二つの争いで勝敗を決定するという複合ルールである。

 この丸い場の縄張りを争う仕組みでは、撤退させ土俵から押し出してしまえば、すなわち追い払って縄張りを取得した方が勝ちである。しかし押し出す際の「勇み足」は負けで、実力で追い払っても、一歩でも先に外に出れば負けである。「相撲に勝って、勝負に負けた」と表現される場合のあるところである。

 確かに土俵の外は、負けの空間で、勝利そのものは土俵の中にしかない。結局のところ、縄張りの中で立ち尽くせば、つまり立ち続けることができれば、勝利者ということになる。屈服する敗者とは、先に土に着く者、縄張りの外に出る者を指す。

 

②死を回避する闘争

 大相撲では、相手を倒す際、そのまま倒れると相手が危険になる場合、先に手を着いて護る「かばい手」というものがある。先に手を着くから、本来なら敗者である。だがこれは負けとは見做されない。その理由は、相手は「死に体」と判断されているからである。「死に体」を護ろうとする動作は、闘争に優先する。「死に体」を護ることで、闘争の勝利よりも、さらに価値の高い真実の勝利を得るというものである。

 一般論で言えば、闘争の折、相手を死に至らしめる動作は、瞬時に避けられる。とっさのところで闘争を停止し、相手を生かそうとする。これは動物界にも、しばしば認められる現象である。同種が闘う際の暗黙のルールである。種の継続と繁栄とが、もともと動物にはプログラミングされているからである。だが社会性を喪失した個は、このルールに従わない。抑制が困難で、しばしば狂気の行動に走る。すると、その社会から弾き出される。そしていよいよ、反社会的行動を取る。

 通常は、一旦動き出した激しい闘争の場合でも、相手の死を予感すれば、それを激しく押しとどめる。攻撃する側に躊躇する意識が生じ、とっさに、その死を避けようとする。また攻撃される側も、死を前にすれば、あらゆる手立てを尽くし、その死を避けようとする。つまり相手の攻撃意志を消そうとする。

 

③無防備の防備

 動物の場合、相手の闘争心をなだめようとすれば、可能な限り友好的な行動を取る。例えば牙を見せる、毛を逆立て、唸り声を発するというような刺激は、一切、全てを中止する。さらには尻尾を振るとか、穏やかで甘えるような声を発し、従順な身振りを示す。

 人間も同様で、その代表格が、親しげに微笑む「笑顔」である。また肩の力を抜き、親愛の情を表す「和平の身振り」によって、相手の闘争心をひたすら消そうとする。手のひらを示し、ゆらゆらと揺らす挨拶など、そうである。これは害するものを何も持たないというしるしである。「万歳三唱」のような両手を挙げてのアピールは、賛同し、味方として一体になるというメッセージである。これは降伏の場合における、同様に示される強いメッセージでもある。

 和平を強く願う動物は、危険きわまりないことだが、自分を無防備にするということを、敢えて行う。自分のもっとも傷つきやすい箇所、例えば喉や腹を、相手にさらけ出して見せるということをする。手段としては最後の最後であるが、それが武装解除、絶対服従の姿勢である。攻撃する側も、相手がこの「服従の姿勢」を取れば、激しく攻撃している最中でも、突然に攻撃を止める。

 相手の攻撃を抑制させる「和平の身振り」「服従の姿勢」とは、実は子供の行動様式を真似た表現動作である。子供のように無力に、子供のように無防備に、この窮地に立った同種の動物は行動する。動物には同種の子供を攻撃しないよう、種の記憶が強く刷り込まれている。その抑制作用は実に強いから、反射的に攻撃が中止されるのである。

 

④闘争の遊戯

 動物の取っ組み合いも、闘争と見えて、その実、じゃれ合っていることも多い。攻撃と中止とを、交互に繰り返して遊ぶものである。動物とはいえ、闘争を楽しみ、闘争を抑え、それを交互に繰り返すことで遊戯化させている。それは互いに幼児性を投げ掛け合い、攻撃と抑制とを学習(調節)する姿である。

 遊戯ゆえに、当然ながら、互いの幼児期から行われる。これは元々、子供同士の発達のための遊戯である。力の発達、身のこなしの発達、その達成を確認するものである。だが攻撃が過ぎれば、相手は恐怖し、泣き出してしまう。相手が泣き出せば、その泣き出す恐怖に、また自分も引きずられ泣き出すという、子供同士の姿がある。

 この互いに感じる恐怖とは、まさに死の予感である。その死の予感に怯える姿に、また自らも怯え、こうして攻撃は中止される。攻撃と中止、攻撃と抑制、そこに闘争遊戯の始まりがある。

 闘争遊戯とは、共感する心、仲間と取り結ぶ精神のコミュニケーションである。そして格闘技も、その発祥は格闘(闘争)遊戯からであった。それは勝敗を争うが、勝敗に拘るものではない。勝敗に拘る限り、必ず武器の使用に行き着いていく。そして武器の使用は殺戮へ至ることとなる。

 格闘技は、格闘の末、相手を死に至らしめることも皆無ではない。だが殺戮を目的とするものではない。格闘技とは遊戯であって、勝敗を争うのではなく、優劣を競い合うものであった。その優劣によって順位が定まり、仲間内での秩序が構築されていく。さらに秩序を伴ったコミュニケーションへと展開する。つまり秩序の遊戯、交流の遊戯で、順位を競い、順位制によって仲間内の秩序を図り、力関係、技関係に従い、互いに円滑に交流するという闘戯(闘いの遊戯)なのである。

 そこでは互いに威嚇し合ったり、また逃げ合ったりもする。時には強く出たり、時には弱く出たりする。押し通すこともあれば、譲ったりもする。押したり、引いたり、ひねったり、またねじ伏せられることもある。勝ったり負けたり、誇らしくも思い、また惨めにも思う。天にも昇る気持ちにもなれば、また死の恐怖を感じ取ることもある。そのような遊戯を通して、仲間内での秩序、仲間同士の秩序が作り出され、その秩序の中に自らも席を占める。その秩序こそが社会というもので、その存在の価値、認識に至る道を、ここでしっかりと学ぶのである。

 

⑤礼による秩序

 社会とは、ある意味で社会的地位の体系と見做すこともできる。そのような体系は、人間の相互確認によって始まり、優劣分離の順位制により、分節化の過程を経て、作り出されたものである。社会構造の諸単位たる身分、役割、職務といったものが、それぞれ階級構造を成し、諸関係の関わる複合構造を呈し、秩序を以てまとめ上げられている。

 そのような人間社会の秩序は、礼を以て具象化されている。その礼の重要性を繰り返し説いたのが孔子であった。孔子は国政の根本、世の根本を礼だといった。孔子の生きていた時代、当時の戦乱の世は、礼が行われていなかった。乱世すなわち無秩序の時代であった。それゆえ礼を整え、秩序を回復することが重要と、孔子は諸侯に説いて廻った。武を以て秩序を作り上げることは覇道である。礼を以て平和に至る道こそが王道であると。

 孔子は『礼記』礼運篇において「それ礼は、先王以て天の道を承け、以て人の情を治む。故にこれを失う者は死し、これを得る者は生く。(中略)聖人、礼を以てこれ(人)に示す。天下国家(礼によって)正しきを得べきなり」と説く。孔子は天や宗廟の祭礼を行うことを政治の根本とした。それは秩序の徹底である。礼の教育により、社会秩序を厳正に維持し、政治上の混乱や、人間関係の紛糾を正そうとする。政治権力や武力を用いないで、平和的に救治しようとする。それが徳化というもので、まさに仁者の政治であった。

 為政の局に当たる者は、祭礼の学習と実行とを通じ、敬虔の心を深めなければならない。自己を謙譲し、他人を尊重する態度、すなわち恭敬の心掛けを以て政治に当たるよう、孔子は説いた。天子諸侯を始めとする政治の上層者が、敬虔に祭礼を行い、それに倣い、一般官僚や一般人民も、各自の身分に相応する祭礼や礼儀作法を学ぶことの重要性を語った。これを通して長上尊重の精神を涵養し、上は天子と臣民との関係、下は父母と子弟との関係に至るまで、尊卑秩序が厳守されるよう望んだ。

 

⑥規則の遵守

 孔子の礼儀尊重は、礼の精神の尊重であったが、もとより形式の無い礼は存在しない。だから孔子の礼楽主義は、当然に礼の諸形式や諸規定、および礼の附属物たる音楽や舞踊、服飾や備品類の整備、それらの洗練を要求するものとなっていった。礼は形よりも心だと言うが、その理解は、たやすいものではない。心は形に表されるわけで、礼の心だけを人に示すことなどできない。だから礼の尊重とは、やがて礼の形の尊重となり、礼にとって形は必要な条件となった。

 こうして形は心よりも優先する位置を占めた。そして形を以て心を作り変えるのが、礼儀となった。形から入り、心に至る礼法の根本は、ここにある。大相撲の礼も、根本はここである。礼に始まり、礼に終わる形は、闘争の心を礼儀の中に納め、闘争の形を秩序として世に示すものとなった。すなわちルールの遵守である。それが何よりも重んじられる。闘争の心、勝負の結果よりも、礼儀が大切である。それに違反すれば、勝敗の如何に関わらず失格となる。礼に違反すれば、土俵を去らねばならない。礼に違反すれば、相撲界を去らねばならないのである。