山陰沖の歌の語り(2)

第1章、歌語りの発生

第2節、楽器の誕生(1ー2)

胎児にとって、胎盤を通して聞く母親の規則正しい心音は、音律を伴い、それだけで心の平穏を呼び起こす。これが原初の記憶となり、生後も、この平穏の音を、心中に深く繰り返す。だから赤子が繰り出す発声練習とは、同じ音の繰り返しである。親も赤子と一緒に、同じ音をリズミカルに繰り返す。

 韻律の発声と共に、手を打ち、足を踏み鳴らす。だから最初に経験する楽器とは、リズムを刻み出す打楽器である。人類の発祥と共にある道具の歴史は、道具を打ち付けて鳴らすという楽器の歴史でもあった。打製石器の発明は、その製作の折、石器自体が打楽器であった。さらに土器の時代に入っても、やはり、その土製の壺を打ち鳴らし、拍子に合わせ、歌を歌った。


 弦楽器の始まりはと言えば、それは弓矢の出現からであろう。弓に張った弦(つる)は、風に当たり、うねり音を発する。これを自ら爪弾けば、音を発する喜びを知る。その音色に誘われ、和する声は、自らに、そして他者に、語り掛ける歌となる。歌の語りは、心の裡にある思い、そのたゆとう情感を、思わず知らず表出する。それゆえ古昔の弦楽器とは、魂魄を呼び寄せる宝器であった。『古事記』には、オオクニヌシがスセリヒメを連れ、貴重な琴を抱き抱え、スサノオの所から逃げ出す場面が載る。魂魄を呼び寄せ神意を伺う大切な宝器だった。仲哀天皇熊襲征伐の折には、やはり神の託宣を乞うため、静かに琴を弾く場面が載る。だが天皇は、この神意(つまり民意)を無視し死に至る。

 音の起伏は魂魄の揺らぎ、発する者、聞く者たちの、感情の起伏である。だから演奏者も聴衆も、そのメロディーに心を委ね、身を委ねつつ、聞き惚れる。その魂魄が歌い語るところを、しっかりと受け止めるのである。そもそもメロディーの語源とは、メロス(歌)とオード(詩)との合字であり、つまりは歌の語りである。語り伝え、聞き伝える人たちの、心の呼び掛け、そして心の叫びを表現する。


 では管楽器の始まりは、どうだろう。これは鳥寄せの口笛、つまり鳥の鳴き声の模倣からである。それによる鳥の捕獲が、笛の発達を促した。より効率の良い鳥寄せのため、いつしか葦の笛で、そして草の笛で、さらには竹の笛で行われてゆく。土器の発達とともに土の笛(陶塤)で、また金属器の製作によって、金管楽器にもなってゆく。 

 笛の音色は、鳥を招き寄せるばかりではない。人の心をも呼び寄せる。笛に和し、歌そして歌の語りが交わされていく。リズムを刻む打楽器、音の起伏を告げる弦楽器、そこに管楽器が加われば、ここにハーモニーが生まれる。ハーモニーの語源は、ギリシャ語のハルモニ(調和)である。調和から共感へ、そして連結へ、さらに一致へと、ここに民衆の結束が得られる。人々は集団を作り、社会を作り、世界を作った。