山陰沖の歌の語り(6)

第1章、歌語りの発生

 第6節、歌垣の歌語り(1ー6)

 歌は天地の開けしより在ると『古今集』の仮名序は記す。出雲の地で英雄スサノオが歌った三十一文字こそ人の世の始めの歌と、紀貫之は言う。

 

   八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を   (古事記

 

  〈歌意〉八雲立つ出雲国を幾重にも取り巻いている雲のように、かわいい妻を籠も
      らせるための垣を、その新居の家の周りに、幾重にも作ろうと思う。

 

 スサノオに名を借りるが、これは本来、歌垣における妻、我妹子(わぎもこ)に呼び掛ける歌である。我が八重垣に取り込み、妻にしたいと、そのような申し出である。繰り返す八の文字とは、幾重にも包み込もうという、男の思いの丈でもある。その思いを韻を踏み、繰り返す。
 出雲には、古い歌垣の伝承が残る。『出雲国風土記』意宇郡忌部神戸の条に、島根郡邑美冷水の条に、同郡前原埼の条に、それぞれ記載がある。

 歌垣の宴では、老若男女、入り乱れ、酒宴し歌い踊り、共に遊ぶのだという。季節の到来と共に、港の市の巷で、真名井の浜で、里山山麓で、奥山(霊山)の山懐で、付近の人も遠くの人も、この歌舞祭宴に参加した。男女は歌舞の間に、気に入った相手を見つけ、日が暮れると畑の中、林の中に入り、あるいは物陰に隠れ、その一夜を過ごす。この歓喜咲楽の祭宴は、市の賑わい、海の豊漁、山野の豊饒、国土の繁栄を促すもの、殊に重要な神事であった。
 歌垣の歌とは、男女が呼び合う歌、歌を掛け合い交歓に誘う歌である。歌垣とは「歌掛け」の謂いであり、歌垣を意味する嬥歌(かがい)も、また「掛け合い」ということである。求愛歌を掛け合い、結びつくもの、それは新たな生命を生み出す作業である。神聖なる営みで、イザナギイザナミの神の代までも遡る。


        あなにやし えをとこを

        あなにやし えをとめを        (古事記

 

     〈歌意〉なんとまあ、すてきな男の人でしょう
         なんとまあ、すてきな女の人でしょう  

  

 イザナギイザナミ、この男女が互いに呼び掛け合う、ごく短い歌である。つぶやき歌であるが、韻を踏む愛の交歓歌で、互いに呼応する韻律歌である。古歌として、すでに片歌問答の形式を備えている。「出雲八重垣」の歌より、こちらの方が、より古層にある歌である。だが、これは人の世の歌ではなく、神の世の歌という。
 もとより伴侶を得て子孫を残すことは、人にとっても動物にとっても、きわめて重要である。その性愛の行動とは、生物固有の原始本能に由来する。異性を求める呼び掛け歌、その感情に訴えかける呼び掛け歌とは、自然の中にあって、おのずと口に付いて出るものである。人が伴侶を求め、愛の呼び掛け、愛の呼応、愛の交歓に至るさまは、思わず歌い、歌われ、共感の中で歌い継がれていく。

 

    愛(うるは)しと さ寝しさ寝てば

    苅薦(かりこも)の 乱れば乱れ さ寝しさ寝てば   (古事記

 

  《歌意》いとしいと思い、ひたすら抱き合った。苅った薦の上で、

    二人は乱れに乱れたから、苅った薦も乱れに乱れてしまった。

    そのように抱き合った二人なのだ。

 

 これは夷振(鄙振、夷曲)の歌である。同じく鄙の地の、鄙の歌を示しておく。隠岐の港湾、その背振(比礼振り)の山での歌である。やはり豊穣と繁栄を祈る神宴の祭事で歌われた。その折り、男女は見初め合い、情を交わしていく。繰り返す密かな逢い引きが始まっていく。

 

    アー 麻の中で 三度まで寝たが

    アー 麻の中で アー 麻の中で 三度まで寝た

    アー さまよ はあ サ さまよ ナー 中で

    アー 麻が知らせにゃ ノーエ 名も立たぬ ヨー 

                        (隠岐知夫里島 麻の中)

 

 歌垣では、畑の中、林の中に誘い込まれる。それは歌垣の宴で初めて会った人、見知らぬ人、家も知らぬ人である。

 

    小林に 我を引き入(れ)て 姧(せ)し人の

    面(おもて)も知らず 家も知らずも       (日本書紀