山陰沖の歌の語り(7)

 

第1章、歌語りの発生

 第7節、愛の歌語り(1ー7)

 愛の物語は、昔も今も、男も女も、とても好きである。聴衆は物語の中に入り込み、男の台詞を、また女の台詞を、情緒を込めて歌い語る。

 

     いとこやの 妹(いも)の命(みこと)

     群鳥(むらとり)の 我が群れ往(い)なば

     引け鳥の 我が引け往(い)なば

     泣かじとは 汝(な)は云ふとも

     山處(やまと)の 一本(ひともと)薄(すすき) 

     項(うな)傾(かぶ)し 汝が泣かさまく

     朝雨の 霧に立たむぞ

     若草の 妻の命                (古事記

      

《歌意》いとしい、おまえ。群れ鳥が飛び立って行くように、私が大勢の供人を連れて行ったならば、引き上げ行く鳥のように、私が大勢の供人に引かれて行ったならば、おまえは、泣くまいと強がって言っても、山の裾に立つ一本の薄のように、うな垂れて泣くことであろう。その嘆きは、朝の雨が霧となって立ち込めるように、嘆きの霧となって、辺り一面に立ち込めるのであろう。若草のような、いとしい、お前。 

 

     八千矛の神の命や 吾が大国主 汝こそは男にいませば

     うち廻る島の埼々 かき廻る磯の埼落ちず

     若草の妻持たせらめ 吾はもよ 女にしあれば

     汝を置て 男は無し 汝を置て 夫は無し

       ‥‥‥‥

《歌意》八千矛の神と称される私の大国主さま、あなた様は男でいらっしゃるから、めぐる島の岬ごとに、めぐる磯の先々で、若い妻をお持ちになることでしょう。しかし私は女ですから、あなた様を除いて、他に男はいません。夫となる人はいません。‥‥‥

 

 旅立とうとする大国主オオクニヌシ)に、その后たる須勢理姫(スセリヒメ)が歌い掛ける「語り歌」、それは演劇の歌である。だが船乗りと港の女郎の交わす会話にも似る。市のある港湾、その紅灯の中で歌われた歌とも読める。男と女の出会い、そして別れ、その折々に歌われていた歌であろう。『古事記』には海人馳使(あまのはせつかい)が、この物語を語り言(ごと)として伝えたとある。それは海を往来する海人、すなわち船乗りたちが、島の埼々で、磯の先々で、愛の交歓の中で、語り伝えた歌であったということである。 

 

 

     常(とこ)しへに 君も逢へやも

       いさな取り 海の浜藻の 寄る時々を        (日本書紀

 

《歌意》いつまでも変わらず、あなたと一緒に居たいのに、そうじゃないのでしょうか。巨大な魚が捕れるという大海を渡るあなた、その海の浜藻が、浜に時々寄って来るように、時々にしか、あなたは私のもとに、お出でになりませんのに。とても寂しいことです。 


 出雲の八千矛神大国主)は、海を渡り継ぎ、越(高志)のヌナカワ姫を妻問う。天(あま)語り歌として歌われているが、海原(あまのはら)を繋ぎ行く海人(あま)が歌った語り歌である。出雲の国から越の国へ、その航海の折に歌われた舟歌(語り舟歌)が元歌であろう。やがて陸でも歌われ、演劇歌へと展開する。人の交流は歌の交流、愛の交流となる。その愛を語りたく思い、その愛の語りを聞きたくも思う。そこに演劇が生まれた。

 

     楮綱(たくづな)の白き腕(かいな) 沫雪(あわゆき)の若やる胸を
     そだたき たたき まながり 真玉手(またまて) 玉手 さし枕(ま)き
     股長(ももなが)に 寝はなさむを あやに な恋ひ聞こし
     八千矛の 神の命 事の語り言も こをば       (古事記

 

《歌意》楮で編んだ綱のように白い私の腕、雪のように白くて柔らかな若々しい私の胸を、そっと撫で、愛撫して、そして絡み合うのです。そして、その後、玉のように美しく輝く私の手を、その手を手枕にして、あなたは脚を長々と伸ばし、お休みになることでしょう。だから、あまりひどく、私に、恋い焦がれなさいますな。八千矛の神さまよ。このようなことを、こうして語り言として、お伝えいたします。

 

 語り言を語る中で、これを聞く聴衆の心の中に、物語の情景を浮かび上がらせる。物語ゆえに、現実には存在しない情景であるが、不思議なことに、それが聴衆に様々な感情を呼び起こす。この美しい官能的な描写は、まさに神の世界の出来事と、その語り言は「神語り」とも称されていく。遠い昔のことであるが、聴衆にもてはやされ、方々の宴席で披露された演目の一つとなっていた。