山陰沖の歌の語り(8)

第1章、歌語りの発生

 第8節、豊穣の歌語り(1ー8)

歌垣の伝統を残す歓喜の豊饒歌が、隠岐の古記録『伊未自(いみじ)由来記』に載る。木葉唄(このはうた)という。その歌詞は伝承の間に意味不明となっているが、翁(おきな)と媼(おうな)の、男女二神が登場する山神祭祀歌である。古様の神歌(かみうた)で、豊饒を願う祈り歌、感謝歌である。と同時に、労働の歌、生産の歌、成長の歌である。性愛の行き着く先の、妊娠であり、出産であり、子育て、子守りという展開を歌う。

 

 ◎木葉唄(杵取り唄)           
   島のモクノシ セイボン熟れた  ハイベンタイベンソウベン 拾うた   
   ハレパメこめての もみプリホクニ  ムリトントガジャ ドナベも焼いた  
   モクノシソメを サンにして クドのシリキが ヨンギあげりゃ    
   爺やっとこ 臼婆はい やっとこはいや やっとこはい    
   たらいしとぎの つきはじめ ああら めでたや めでたやな 

   

 《杵取り唄(修正)》

  島の木の種 せんど(たくさん)熟れた ハー 一ぺん 対べん 三べんは拾うた

  晴れの日 菰で 揉み擦り ほぐし 虫追い悪汁(とが)出し 土鍋でも焼いた

   木の種 総実を 桟にして 竈(くど)の尻切れ(蒸籠) 湯の気を上げりゃ

  杵爺 やっとこ 臼婆 はい やっとこ はいや やっとこ はい

  尊い しとぎ(シトギ団子)の 搗(つ)き始め ああら めでたや めでたやな

 

 ◎木葉唄(餅搗き唄)         
   臼婆は杵爺に こづかれ だんつく だん            
   だんつく だん だん 子ができた できたその子が それだんご     
   サンヤン葛 タイママヤイ苺 椎 栗 団子に たらいぞえ       
   トキカリひろげて キダリショウ

 

 《餅搗き唄(修正)》

   臼婆は杵爺に 小突かれ だん突く だん 

   だん突く だん だん 子ができた できた その子が それ団子

   山野の葛(くず) 谷間の苺(いちご) 椎 栗 団子に 垂らし添え

   とっくり広げて いただき ましょう

 

 ◎木葉唄(子守り唄)         
   アチメ 露分けて 枝折(しおり)になり             
   暮れりゃ ネエリ チョンナリ タアトさん        
   杵爺の許に 宿かりて 木の葉団子を 貰うて         
   チャーシャー アドリに 負わして      
   枝折の サンコク ケンチャーナ            
   ねんねの子よ 団子の子よ ほえりゃ 杵爺が ひげの中      
   ドングリズニを 光らせて 白い歯出して 笑うぞえ       
   ダンマテ ねんねんせえよ この子は好い子だ ねんねんせ     

 

 《子守り唄(修正)》

   味みて、つゆ(団子つゆ)分けて 枝折(串刺し)になり

   暮れりゃ(呉れりゃ) 寝入れよ ちょっと寝入れよ 団子さん

   杵爺の許(もと)に 宿借りて 木の葉団子を 貰うて

   小(ちい)さ婆さん 背取りに 負わせて

   枝折(串刺)の さんこ(騒がしい子)よ けえ(だから)何じゃいな

    寝ん寝の子よ 団子の子よ  吠えりゃ(泣けば) 杵爺が 髭の中

    どんぐり蕊(ずい)を 光らせて  白い歯出して 笑うぞえ 

    黙まって 寝ん寝んせいよ この子は好い子だ 寝ん寝んせい 

 

 愛の交歓歌でありながら、生命の賛歌、労働の賛歌、収穫そして豊穣の喜び歌である。そして子孫繁栄の歌でもある。稚拙ながらも、歌の真髄を、全て表現している。この生命の輝き、それが、この木の葉団子であった。

 木の葉団子とは、あく抜きが必要な栃(トチ)や団栗(ドングリ)の団子である。そもそも団子(ダンゴ)の語源は、団栗(ドングリ)の子(粉)のことで、それを加工したものである。これに水草の菱(ヒシ)の実を加えればヒシ餅、乾燥した蓬(ヨモギ)を加えればヨモギ餅、母子草(ゴギョウ)を加えれば草餅、笹の実を加えれば笹餅、蕨(ワラビ)粉を加えればワラビ餅、葛(クズ)粉を加えればクズ餅となる。いずれも救荒(備荒)食物である。だが、それを喜びをもって食べる歌としたのが、なんとも凄まじい。そして素晴らしい。それゆえ、この歌のルーツは古代に遡るであろうが、近世の凶作飢饉(宝暦・天明天保の飢饉)を経たもので、その修飾変容を受けている。だが生きるための歌であることは間違いない。