山陰沖の歌の語り(10)

第2章、水辺の歌語り

第2節、海の娘子の物語(2ー2)

  星の物語、その七夕歌が歌われたように、月の物語、その天女(月娘)の物語も、また歌によって語られる。中国神話では、月宮殿に住む常蛾(じょうが)であるが、日本では羽衣を持つ仙女として、天娘子(あまおとめ)が歌われる。現実には海に遊ぶ海娘子(あまおとめ)として、これは歌われている。

 

   君を待つ 松浦(まつら)の浦の 娘子(おとめ)らは

      常世(とこよ)の国の あま娘子(おとめ)かも (万葉集 865)

 

《歌意》君を待つという松浦の浦に遊ぶ娘らは、美しく輝いていて、まるで遙か彼方の常世の国からやってきたという天娘子(あまおとめ)なのであろうか。

 

 天女の話は『万葉集』巻16で「竹取翁と仙女」として歌い語られる。竹取物語かぐや姫の物語)のルーツとなる話である。

 

    昔、老翁あり、號(な)を竹取の翁と曰(い)ひき。この翁、季春の月に、

    丘に登りて遠く望むに、忽ち羹(あつもの)を煮る九箇(ここのたり)の

    女子(おとめ)に値(あ)ひき。百の嬌(こび)もたぐいなく、花の容(かた

    ち)もたぐひなし。‥‥‥‥

 

 天女の話は、また「丹後国風土記逸文にも載る。竹野郡の奈具(なぐ)社の縁起譚である。比治(ひじ)の里の真名井(まない)の水辺で、あるとき天女八人が水浴びをしていた。そこに出くわした老夫婦が、こっそりと一つの羽衣を隠し、帰れなくなった天女の一人を自分たちの子供にした。そのおかげて老夫婦の家は富むこととなったが、豊かになった老夫婦は「お前は我が子ではない」と天女を追い出してしまう。途方に暮れた天女は、泣きながら歌を歌う。

 

   天の原 ふりさけ見れば 霞立ち 家路まどいて 行方知らずも

 

 《歌意》あまの原を、遠く遙かに見ると、霞が立ち、帰る家路もはっきりしない。

   これからどこへ行けばよいのか、どうしたらよいのか、もう見当も付かない。

 

 天女は、さまよい歩き、ついに舟木の里、奈具の村に至った。そして、ここに住み着くこととなった。これが奈具社に祀られる豊宇賀能売(とようかのめ)命である。

 

 外つ国の仙女(天女)が、いつしか此の国の豊穣の女神(豊宇賀能売命)と融合する。天(あま)の原から、すなわち海(あま)の原から、移動してきた女神だからである。その天降った真名井(まない)の名は、海流に沿って各地に残る。出雲大社の真名井の清水、『出雲国風土記』に載る意宇郡の末那為(まない)の社、大山の麓(淀江)の天の真名井、丹後峰山の比沼(ひぬま)麻奈為(まない)神社、宮津真名井神社舞鶴(七日市)の真名井の清水などである。もちろん隠岐にも、真名井姫の伝承は残る。島前(西の島)の宇賀(うが)の比奈麻治(ヒナマジ)姫である。比奈麻治姫とは比沼真名井姫のことである。

 比沼とは、比治(ひじ)沼すなわち土(ひじ)沼のことで、田畑に隣接する水源の沼のことである。そして真名井とは、豊穣を約束する水源池(貯水池)のこと、稲作に欠かせない真水・名水を供給する。それは植物や動物の生命を司り、その成長を促す若水(変若水)を意味する。いっそうの豊穣を願うならば、さらに天候を予測し季節を把握するため、月の動きを読む必要がある。これが月夜見(月読み)の信仰である。だから月の女神(仙女、天女)と若水(変若水)の霊験とは、大いに関係がある。

 

   天橋(あまはし)も 長くもがも 高山も 高くもがも

     月読みの 持てる変若(をち)水 い取り来て

      君に奉(まつ)りて 変若(をち)得てしかも    (万葉集 3245)

 

  《歌意》天に上る梯子も、もっと長ければ、天に上る高い山も、もっと高ければ、

    そこに上り、月の神の持っているという若返りの水を、取って来ようものを。

    そうすれば、我が君に差し上げ、若返っていただけるのに。

 

 月の満ち欠けは、死と再生の象徴、そこに若返りの水(変若水)が湧く。その水を汲む仙女(天女)こそ、月の女神である。その羽衣によって、この女神は天地を往復した。だから羽衣物語は、永遠の若さにも、豊穣を約束する富貴にも、その内容は膨らんでいく。