山陰沖の歌の語り(15)

第2章、水辺の歌語り

第7節、愛する人の死

 悲恋歌の最たるものは、恋人や配偶者の死を悼む歌、挽歌であろう。人麻呂は自らの妻の死を悼む「泣血哀慟歌」を歌っている。人目を忍んで通った妻が、もみぢ葉のように散っていったと、そのような便りを受け、泣き悲しむ歌である。歌の心は、かつて二人が愛し過ごした閨の中にある。

 

    我妹子(わぎもこ)と 二人わが寝し 枕付く 妻屋のうちに
    昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし
    嘆けども せむすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしを無み
     ‥‥‥‥                   (万葉集 210)


《歌意》妻と二人で寝た寝室の中で、昼はうら寂しく暮らし、夜はため息をつきながら明かす。いくら嘆いても、どうしようもないし、いくら恋い慕っても、逢える見込みも、もうない。‥‥‥

 

 歌は確かに創作ではあるが、そしてその語りは確かに演劇として、聴衆の涙を誘うものではあったが、創作の動機となった現実の出来事はあったに違いない。そうでなければ創作意欲など湧くわけはないし、そもそも、心の裡を激しく吐露しようなどとは思わない。人麻呂は確かに妻を亡くしたのである。そして、その時、確かに嬰児(みどりこ)が残されたのである。 

 

   吾妹子が 形見に置ける みどり児の 乞ひ泣くごとに 取り与ふる

   物し無ければ 男じもの わきばさみ持ち ‥‥‥‥  (万葉集 210)

 

   《歌意》妻が、その形見として残していった嬰児が、乳を欲しがって泣く。だが、

  ここには、もう与える乳などあろう筈がない。私は男であるから、乳を与えること

  はできず、あやすすべも知らない。ただ子供を小脇にして、抱きかかえ、‥‥‥‥

 

 妻を亡くしてから、はや一年が過ぎる。だがいよいよ寂しさは募る一方である。去年二人で見た秋の月は、今宵は、もう一人で見る秋の月となっている。

 

  去年(こぞ)見てし 秋の月夜は 照らせども 相見し妹は いや年離(さか)る

                              (万葉集 211)

 

《歌意》去年二人で見た秋の月は、今年も同じように照り渡っているが、この月を一緒に見たあの子は、ますます時を隔てて離れ去っていく。

 

 妻は死に、その思い出も、ますます遠ざかっていく。一人きりになってしまったという不安感、冷え冷えとした寂寥感、埋めようもない心の空虚感だけが残っている。そのような歌の語りである。当時の聴衆は、これをどのように聞いたのであろうか。