第6章、歌の変容
第19節、室町小唄の世界
〽 歌えや歌え 泡沫(うたかた)の あわれ昔の 恋しさを
今も遊女の舟遊び
世を渡る一節(ひとふし)を歌いて いざや遊ばん (閑吟集)
〽 身は浮舟(うきふね) 浮かれ候(そろ)
引くに任せて 寄るぞ嬉しき (宗安小歌集)
〽 泣いても 笑うても 行くものを
月よ 花よと 遊べ ただ (隆達節小歌)
編者を宗長とする説もある「閑吟集」には、当時の庶民の歌声が響く。南北朝動乱を経て、新しい社会体制が展開する中で、滲み出て来た歌群である。ここには民衆の喜びと活気、また悲しみと悲哀とが、素直に表現されている。
このような歌群も、また様々に改変され、人々の口を伝い、方々へと伝わっていった。それが歌謡であり民謡(民衆歌謡)である。もちろん離島の隠岐にも伝わっていく。
〽 沖の門中(となか)で 舟漕(こ)げば
阿波(あわ)の若衆(わかしゅ)に 招かれて
味気(あじき)なや
櫓(ろ)が櫓が櫓が 櫓が漕がれぬ (閑吟集)
〽 沖の門中(となか)で 櫓を押せば
宿の姫子(ひめこ)は 出て招く
あじき櫓櫂(ろかい)や
腰が萎(な)えて 櫓が押されぬ (和泉民謡)
〽 沖の途中(となか)に お茶屋(ちゃや)を建てて
上(のぼ)り下(くだ)りの 船停(と)める (隠岐民謡)
〽 沖の途中(となか)に 布機(ぬのはた)立てて
波に織(お)らせて 背(せ)に着せる 柳田國男(民謡覚書)
歌謡、民謡の隆盛、その歌仲間の交流、そして歌の場の広がりと展開の中から、やがて近世町人文化の粋、現実謳歌の明るい朗笑の歌、俳諧が普及してくる。それはつぶやきの歌、思いの丈がつい口に出るという、最小の言の葉の歌である。