山陰沖の歌の語り(65)

第7章、歌の分化

 第11節、芸能と宗教と商業の分化

 中世後期、水陸の交通が盛んとなり、技術革新は進み、貨幣流通も急速に拡大した。経済の集中と共に、都市の発展が起こってきた。社会的分業と市場の新たな展開が、各地の拠点都市で始まっていく。その統合の象徴こそが戦国大名の存在である。大名領国制から、その展開の先に、近世封建社会の確立が成る。

 古来、芸能と宗教と商業は、密接にして不可分のものであった。だが芸能者は芸能者に、宗教者は宗教者に、商人は商人に、と分化し、その職掌は固定化専門化を遂げていく。それは太閤検地、刀狩りを経て、兵農分離していった時代、社会階層の固定化、すなわち近世的秩序の形成と、軌を一にするものであった。というより、この分化こそが近世社会を形成する基盤であった。山陰沖の社会も、この社会変革の流れの中にある。

 隠岐佐々木氏は、島後の西郷湾を見下ろす国府尾(こうのお)の台地に城を築き、隠岐一円を支配していた。島後の西郷は、その膝下の城下町となり、海運の発展により、すでに近世都市型の繁栄に入っていた。

   ここのお城の 水神に 船が三艘 走り込む
   先(さき)行くお船の 積み物は 綾や錦を 積んで来た
   中(なか)来るお船の 積み物は 米の千俵も 積んで来た
   後(あと)来るお船の 積み物は 金を万両も 積んで来た
   金比羅さんの導きで 恵比寿さんの船方で 大黒さんのお船頭で
   エンヤラ ヤラコラ ストトコ ドスコイ 走り込む ヨー
                    (隠岐 相撲取唄)